体調が悪い日に、家事をお願いするのは少し勇気がいります。
「これくらい頼んでもいいよね」
そう思ってお願いしたのに、返ってきた言葉は、いつもの「あとでやる」。
今回は、体調が悪い日に洗い物を夫へお願いしたものの、結局自分で片付けることになってしまった女性の体験談風漫画です。








「あとでやる」を信じて待っていたけれど
その日は、朝から少し熱っぽくて、体調がよくありませんでした。
夕食後、シンクには食器が残っていました。
いつもなら自分で片付けるところですが、その日は立っているだけでもしんどくて、夫にお願いすることにしました。
「ごめん、ちょっとしんどくて。洗い物お願いしていい?」
すると夫は、スマホを見ながらいつものように言いました。
「うん、あとでやるよ」
その時は、本当にやってくれると思っていました。
けれど、数時間たっても、洗い物はそのまま。
夫はソファでスマホを見続けていて、シンクだけがずっと気になっていました。
「まだかな」
そう思いながら待っていましたが、結局、気になってしまって自分で洗うことにしました。
しんどい日に頼んだことなのに、結局いつも通り自分でやる。
その小さな出来事が、思った以上に心に残りました。
洗い物だけではなかった
夫の「あとでやる」は、洗い物だけではありませんでした。
ゴミ出しをお願いした時も、洗濯物を取り込んでほしいと頼んだ時も、返ってくる言葉は同じでした。
「うん、あとでやる」
でも、その“あとで”が来ないことが多いのです。
ゴミは回収時間を過ぎてしまう。
洗濯物は夜まで干しっぱなしになる。
洗い物はシンクに残ったままになる。
そして最後には、結局私がやることになる。
夫に悪気がないのは分かっていました。
でも、頼んだ側は「やってくれるかな」とずっと気にしています。
夫にとっては軽い返事でも、私にとっては、終わらない家事が頭の中に残り続ける感覚でした。
やるつもりではなく、やってほしかった
ある朝、ついに限界がきました。
前日にお願いしたゴミ出しが、そのまま玄関に残っていたのです。
夫は「え、出してないの?」と言いました。
私は、思わず言ってしまいました。
「あなたが“あとで”って言ったから待ってたよ」
「でも、結局いつも私がやってるよね」
夫は少し驚いた顔をして、こう返しました。
「やるつもりだったんだけど……」
でも、私がほしかったのは、“やるつもり”ではありませんでした。
実際にやってほしかったのです。
責めたいわけではありません。
ただ、頼んだことを後回しにされるたびに、私の中に家事の負担が戻ってくることを分かってほしかったのです。
家のことは、ふたりで回していくもの
その後、夫に一度、家のことを任せてみる日を作りました。
洗い物、ゴミ出し、洗濯物の取り込み。
ひとつひとつは小さな家事に見えても、全部を気にしながら動くのは思ったより大変だったようです。
夫は少し疲れた顔で言いました。
「ごめん。こんなに気にすることが多いと思ってなかった」
その言葉を聞いて、少しだけ気持ちが軽くなりました。
それからは、家事の分担を話し合うことにしました。
完璧にできなくてもいい。
でも、任せたことはそのままにしない。
「あとで」ではなく、できるタイミングを決める。
それだけでも、私の負担は少し変わりました。
家のことは、どちらかひとりが抱えるものではありません。
ふたりで暮らしているなら、ふたりで回していくもの。
そんな当たり前のことに、改めて気づいた出来事でした。
まとめ
「あとでやる」という言葉は、言った側にとっては軽い返事かもしれません。
でも、頼んだ側にとっては、その家事が終わるまでずっと気になり続けます。
特に体調が悪い時や、余裕がない時に後回しにされると、ただ家事が残るだけではなく、「頼んでも結局自分なんだ」という寂しさにもつながります。
大切なのは、完璧に家事をこなすことではなく、相手の負担に気づくこと。
そして、頼まれたことを「いつかやる」ではなく、「いつやるか」まで考えることだと思います。
小さな家事でも、積み重なれば大きな負担になります。
だからこそ、家のことはひとりで抱え込まず、ふたりで話し合っていくことが大切だと感じました。
体験者情報
20代女性・夫と二人暮らし
体調が悪い日に洗い物をお願いした時、「あとでやる」と言われて安心していました。
でも、何時間たってもそのままで、結局自分で洗うことに。
その後も、ゴミ出しや洗濯物などで同じことが続き、夫に本音を伝えました。
今は、家事を「気づいた方がやる」だけにせず、分担を決めるようにしています。

コメント