朝は子どもの支度と自分の準備でバタバタ。仕事が終われば保育園のお迎えに行き、帰宅してからは夕飯づくり、洗濯、片付け。
平日は毎日、時間に追われるように過ぎていきます。
そんな生活の中で、私は冷凍食品やスーパーのお惣菜にも助けてもらいながら、なんとか家族の食卓を整えていました。
けれどある日、義母の一言で、自分なりに頑張っていた毎日まで否定されたような気持ちになってしまったのです。
冷凍食品って手抜きなの?








全部手作りじゃないと、ちゃんとしていないの?
冷凍食品を使ったこと。
お惣菜を食卓に出したこと。
全部を一から作れなかったこと。
それだけを見て、「ちゃんとしていない」と言われたように感じてしまったのです。
でも、その食卓を用意するまでには、仕事があり、お迎えがあり、子どもの世話があり、家事があります。
完成した料理だけを見れば、簡単に見えるかもしれません。
けれど、その日その日にできる範囲で、家族が食べられるように考えて用意していることも、私にとっては大切な家事でした。
自分なりに考えて用意した夕飯を、背景も知らずに「ちゃんとしていない」と決めつけられたように感じたことでした。
冷凍食品やお惣菜は、暮らしを回すための助け
作り置きをしたり、子どもが食べやすいように味を調整したり、野菜を足したりする日もあります。
でも、毎日同じように余裕があるわけではありません。
仕事で疲れている日もあれば、子どもがぐずって予定通りに進まない日もあります。
そんな日に、冷凍食品やお惣菜に助けてもらうことは、私にとって必要な選択でした。
手を抜いて家族を雑に扱っているのではなく、無理なく暮らしを続けるために、使えるものを使っている。
そう思うようにしてから、少しだけ気持ちが楽になりました。
夫の一言で、少し救われた
「冷凍食品を使っただけで、手抜きって言われたみたいでしんどかった」
そう伝えると、夫は驚いたように話を聞いてくれました。
そして、「十分ちゃんとしてるよ。毎日助かってる」と言ってくれました。
さらに、「俺ももっとやるよ。負担がかなり偏ってたよね」と言ってくれたことで、少しだけ気持ちが軽くなりました。
義母の言葉がすぐに消えたわけではありません。
でも、自分の頑張りを見てくれている人がいると分かっただけで、救われた気がしました。
全部手作りでなくても、家族が食べられて、無理なく続けられるなら、それも十分に大切な食卓です。
冷凍食品やお惣菜は、手抜きではなく、忙しい日々を支えるための工夫になることもあります。
まとめ
自分なりに頑張っていた夕飯づくりを、簡単に否定されたように感じたからです。
でも、毎日を完璧にこなすことは簡単ではありません。
仕事をして、子どもを迎えに行って、家事をして、その中で食卓を用意する。
その日できる形で家族のご飯を出せたなら、それは十分頑張っていることなのだと思います。
冷凍食品でも、お惣菜でも、作り置きでも、手作りでも。
無理なく続けられる方法を選ぶことは、決して悪いことではありません。
「手抜き」と決めつける前に、その人の暮らしや背景を少しだけ想像してもらえたらいいのに。
そう感じた出来事でした。
体験者:30代女性・Rさん
夫と共働きで、子育てをしながら毎日の家事をこなしている女性。忙しい平日は冷凍食品やお惣菜も活用していたものの、義母の「手抜き」発言にしばらくモヤモヤが残ったそうです。

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